金城学院大学 学術研究データベース
HOME > 検索結果

検索結果

フリガナミナミ モトコ
ローマ字MINAMI Motoko
氏名南 元子
学位学士(児童学)金城学院大学 修士(教育学)愛知教育大学大学院 博士(学術)金城学院大学 
所属人間科学部 / 現代子ども教育学科
職名教授
所属学会日本子ども社会学会 日本保育学会 日本家政学会 
専門分野教育学   
研究課題幼児教育 劇遊び 子育て支援 

学会及び社会における活動等

開始年月 活動内容 終了年月
2005年 9月 愛知県(旧)宝飯郡小坂井町教育委員会「子育て支援講座」「パパママ講座」講師 2014年 9月迄
2011年 5月 愛知県岡崎市教育委員会「子育て支援養成講座」講師 2011年 5月迄
2011年11月 愛知県岡崎市教育委員会「子育て広場」講師 2012年 9月迄
2013年 4月 愛知県岩倉市教育委員会「子育ち親育ち講座」講師 2019年 3月迄
2014年 8月 愛知県現任保育士研修講師 2015年 8月迄
2015年 4月 愛知県額田郡幸田町立保育園 保育実践研究会スーパーヴァイザー(平成30年度愛知県保育研究会での研究発表へ向けてのプロジェクト) 2019年 3月迄
2015年11月 名古屋芸術大学附属クリエ幼稚園愛園会「こそだてゼミ」講演会 2015年11月迄
2018年 4月 日本音楽教育学会 外部者査読委員 2019年 3月迄
2019年10月 豊田ルネサンス高校講演会「不登校の子どもたちと親の心」
Top of page

受賞歴

該当データはありません

Top of page

著書

著書名 単著、
共著の別
出版年月 発行所・発表雑誌等 概要
子どもと表現 共著 2009年 3月 日本文化出版 乳幼児期の子どもの表現活動について、芸術・哲学・教育・科学・福祉など多角的に、表現活動の意味、諸相、指導法などを諸学者向けに解説した。担当相(第6章)では、子どもの完成と表現をはぐくむための環境と保育者の援助について「絵本から展開する表現(劇)遊び」と題し、保育事例をもとに考察した。全237。編集:浅見均。星美和子、南元子を含む総著者数42名。本人執筆文:第6章pp.162‐167
児童文化の歴史Ⅰ 児童文化の現象と芸術教育 共著 2011年 7月 港の人 児童文化の歴史的変遷の全三巻シリーズの第一巻。担当章では、学校劇の先駆的存在である小原国芳が、1924(大正13)年にだされた岡田文部大臣の訓示・通牒(所謂「学校劇禁止令」について著した論文について解題し、これまで「すべての文部行政が、児童文化界全体に対し統制に向かっていた」と一般化したされ考えていたが、必ずしも適切でないことを明らかにした。全276頁。編集:加藤理。解題執筆者:加藤理、南元子含む総著者数8名。本人執筆文:Ⅱ誕生期「児童文化」の諸相 反動と抑制pp.198‐208
近代日本の幼児教育における劇活動の意義と変遷 単著 2014年 9月 あるむ出版 我が国の幼児教育における児童劇・劇遊びの変遷とその意義について歴史的に考察した。特に「子どもが演じる劇」に焦点を当て、幼稚園や保育所で教育活動として行われる学芸会や劇遊びについて、明治期から昭和初期にかけて、幼児教育における園g機活動の実践について考察した。全191頁。
はじめて学ぶ人のための教育原理 共著 2015年 5月 北大路書房 保育原理の教科書の、欧米と日本における保育にかかわる歴史について、近代的な教育観が誕生する以前の思想家としてエラスムス、を、コメニウス新しい子どもの発見としてルソー、ペスタロッチを解説し、欧米での保育や教育に関してオーベルラン、オウエン、マクミラン、フレーベル、モンテッソーリ、デューイを時代を追って解説した。日本の思想と歴史については、倉橋創造と城戸幡太郎を説明し、保育所の設立に関しては子守学校、昭和初期にかけての都市部における貧困問題について解説した。全165頁。担当章:第8章「保育の歴史と思想」pp.131‐144.吉見昌弘、南元子含む総著者9名
児童学事典 共著 2016年 1月 丸善出版 発達・保育・教育・福祉・看護・医学・心理学など多角的な分野から「子ども」について解説する中項目事典。全600頁。担当pp.270‐271「子育てと少子化」。合計特殊出産率、少子化と政府の対策、内閣府子ども子育て本部、子ども子育て会議、地方版子ども子育て会議について解説を執筆した。
新・保育実践を支える「表現」 単著 2018年 3月 福村出版 第4章「表現」の保育 11節 演じる ごっこ遊び・劇遊び」一年間の保育実践を振り返り、日常の保育から表現活動へつなげていくプロセスを考察した。一年間にわたる劇活動の過程が、子どもの表現力を高め、一人一人が自分の感情を他社についたエル「言葉」を獲得する演劇の成り立ちを具体的に分析した。全205頁。担当pp.145‐156.横井志保、南元子含む総著者9名。
Top of page

学術論文

著書名 単著、
共著の別
出版年月 発行所・発表雑誌等 概要
日本とタイの養育態度の比較検討(第4報)育てたい子ども像としつけについて 共著 1994年 2月 愛知教育大学研究報告教育科学 第43輯 Pp177-190 愛知教育大学 日本とタイの3歳児から就学前の幼児をもつ母親を対象に、育てたい子ども像としつけ方法、しつけ程度について調査し、国別・性別・地域別に分析した。日本では、自立心や個の確立を重視するのに対し、タイではきまり・礼儀・基本的生活習慣を身につけ、縦の人間関係を重視する傾向が明らかになった。共著者:久世妙子 Unchalee Tunsiri 芳賀亜希子 八田(南)元子 本人担当分:アンケートのデータ処理
幼児教育科卒業生の教室に対する意識及び卒業生の生活実態 教室調査報告(2) 共著 1994年 3月 愛知教育大学幼児教育研究 第3号 Pp.1-17愛知教育大学幼児教育教室 愛知教育大学に幼稚園教員養成課程が設置されて25年がたち、今後の教室運営の在り方を改善していくために、幼児教育教室を卒業した全学生を対象にして、卒業後の生活実態及び専門の授業、施設・設備に対する不満や要望について、質問紙調査を行い、以下の結果が明らかになった。①卒業生の就職先については、教室創設初期のころは50%が小学校に就職していたが、次第に保育所への就職が増加する。②10年以上勤務する者は10%程度で、女性が働くことに対して、生きがい・能力発揮の場と肯定的に捉える半面、女性の職場態度に批判的な意見も目立った。特に育児は母親がするものだと強調する意見が多かった。③授業内容への要望については、実践的なものを求める要望が13%みられたのであるが、一方、ベテランの教師・保育者となった卒業生からは、保育実技は就職後でも習得可能であるので、大学では幼児教育の基本となる理論の勉強をおさえてほしい、という趣旨の要望が目立った。共著者:村岡眞澄 八田(南)元子 久世妙子 有田和正 黒川建一 梅澤由紀子 本人担当分:アンケートデータ処理・考察
日本と欧米における育児方法について 単著 1994年 3月 愛知教育大学幼児教育研究 第3号Pp.49-54愛知教育大学幼児教育教室 日本と欧米の育児方法を比較するために、松田道雄『育児の百科』とBスポック『スポック博士の育児書』の2冊の育児書の内容を比較分析し、その結果を基に、さらに愛知県の保育園と、英国Leeds市Cheltenham市の保育園でアンケート調査をし、両国におけるしつけの実態を明らかにし、育児と文化のあり方について考察した。質問紙調査の結果から、「子どもの個性」について、米国ではしつけによって人為的に形成される「強い個性」を意味し、一方日本においては、子どもそれぞれの「個人差」を意味していることが明らかになった。従って集団生活で育つ事柄として、欧米では、集団生活を通して自立心を養う事を求め、日本では、仲間に対する思いやりの心が育つことを期待している事が明らかになった。
日本的育児の変遷-明治以降の育児書及び聞き取り調査の分析を通して- 単著 1995年 3月 愛知教育大学大学院教育学研究科学校教育専攻修士論文抄録 第15巻 Pp.48-51 雑誌『婦人と子ども』『幼児教育』『幼児の教育』育児書の分析を通して、ドイツ式翻訳育児法から、大正デモクラシー、軍国主義、アメリカ的育児の導入、日本的育児を見直す流れへと時代を反映して変遷してきた日本の育児のあり方を考察した。さらに明治生まれと、現在子育てをしている母親を対象に、育児に対するインタビューを行い、地域に伝わる方法に習って育児をしてきた明治時代の母親に比して、現在子育て中の母親は、医師・保健所・育児書などに書かれる情報に振り回され、孤立した状態で育児に向き合い、不安を抱えている状況であることを明らかにした。
雑誌『婦人と子どもに』にみる明治期の育児 単著 1995年 3月 愛知教育大学幼児教育研究 第3号Pp.101-108愛知教育大学幼児教育教室 明治期の雑誌『婦人と子ども』に掲載された育児に関する記事から、当時の育児方法や、明治時代という社会が要請した育児に対する姿勢や考え方を分析した。明治期、富国強兵策の一環として、ドイツ医学をはじめとした欧米の育児法を日本に導入した。記事からは、授乳・離乳食・就寝形態・トイレトレーニングなど具体的な育児方法・方略は、海外からの輸入に力を入れるのであるが、例えば体罰を否定する昔ながらの日本の育児観は、当時も高く評価されていた事が明らかになった。しかし日清・日露戦争を迎える頃より日本は、同雑誌の中に「東郷大将になりたい」「大山大将になりたい」等の子育てキャッチフレーズが象徴するように、育児や家庭教育に関する考え方が、徐々に国家的なものに方向付けられていく変遷が明らかになった。
言語活動の質的向上を目指した方法論的研究Ⅱ -5歳児- 共著 1996年 8月 名古屋女子大学教育研究所年報 平成7年度Pp.1-6 名古屋女子大学教育研究所 名古屋女子大学付属幼稚園の3年間の継続プロジェクトとして、平成6年から8年まで、「言葉」をテーマに取り組んだ。2年目となる平成7年度は、自由遊びの環境設定に注目し、年長児にふさわしい玩具としてジグゾーパズルなどを整え、また日々の保育の中では、詩の朗読などを取り入れる等、言語に関する環境の充実を図った。継続して行われているひらがなの読字率と書字率の調査結果と、保育記録の分析から、多種多様な「ことば」の刺激が混在する幼稚園においては、それらが影響しあい、子ども自身が自ら文字を理解できる喜びを感じていること結果が明らかにされた。共著者:森岡とき子 伊藤優子 南元子 本人担当分:年長児「たけ組」の実践
言語活動の質的向上を目指した方法端的研究Ⅱ -5歳児の発達に応じて- 共著 1997年 3月 名古屋女子大学附属幼稚園紀要 第16号 Pp.1-15 名古屋女子大学付属幼稚園 4歳児クラスの時より、言葉について意識的に環境を整えられて年長に進級してきた年長児が、そうでない前年度の年長児と比べ、識字能力に差異が認められるか、ひらがな調査とあわせて行った知能検査の結果を考察した。並行して、3クラスの年長担任の保育記録の分析から、自ら言葉を操り、遊びを広げていく子どもたちの姿を報告した。一方で、助詞の使い方の誤りがきっかけで、発言することをためらう子どもたちの姿から、保育の中で、表現する楽しさ・喜びを十分味わい経験しながらも、さらに自分の気持ちを言葉に乗せて相手に伝えられる援助の必要性が、これからの保育課題として挙げられた。共著者:森岡とき子 伊藤優子 南元子 本人担当分:ひらがな・知能検査データ処理、事例、今後の課題
即興的な劇遊びによる表現と子どものリアリテイーのとらえ方-生活発表会へむけて活動した5週間の保育記録の分析- 単著 1998年 3月 愛知教育大学幼児教育研究 第8号 Pp.35-43愛知教育大学幼児教育教室 子どもたちと一緒に、学芸会の劇を作り上げていく過程を、年長児クラスの保育記録を基に分析した。保育者は、子どもの想像力が生み出す表現を認め、ファシリテーターの役割となり、物語の中で遊ぶことを通して、物語と遊び戯れることの面白さを子どもたちに伝える。劇遊びの中で大切にしたいことは、保育者がまず、劇遊びという枠(場・状況)を用意し、台本の決まっていない「ごっこ遊び」の関係性の中で、絵本の一場面、あるいはひとつの言葉から始まる即興的な表現活動であることであることを明らかにした。
詩の朗読を通して子どもの表現について考える-保育記録の分析より- 単著 1998年 3月 愛知教育大学幼児教育研究 第7号 Pp.19-25愛知教育大学幼児教育教室 詩の朗読活動の保育記録を基に、言葉の多義的な内容と音としての美しさを味わうような、多様な表現を使って、子どもたちの成長を報告し、幼稚園教育において、いかに言葉を媒介にして表現する「詩の朗読」の活動を、日ごろの保育の延長として有機的に結び付けられるか考察した。このような言葉を使った表現活動クラスでの活動の中で大切にしたいことの一つは、即興性であり、子どもが相手の言葉を聞いて、相手に自然に語りかけrelate、その語りかけに反応するところに、関係relationが生まれていく過程を明らかにした。
明治・大正・昭和初期の幼稚園教育における演劇の位置 和田実の演劇教育論 単著 2002年 3月 金城学院大学大学院人間生活学研究科論集第2号Pp.45-53金城学院大学大学院人間生活学研究所 演劇蔑視の風潮が根強く残っていた明治期に、和田は著書『幼児教育法』の中で、「模倣的遊戯」という言葉を使って、幼児の演劇的な遊戯の重要性を説いた。この論文に対して、倉橋惣三が「あまりにオリジナルな部分が多く批評しがたい」とコメントしている事実は、当時の和田の幼児演劇教育観の先進性を裏付ける証左である。大正期以降になると、文化的な活動として認識されるようになった新しい演劇運動の隆盛の影響を受けながら、幼稚園でも歌唱劇や児童劇の上演が盛んに行われるようになるのだが、遊びを主軸とした教育論を展開する和田の数々の発言が、その後の幼児演劇教育の出発点となったと考えられる。
倉橋惣三の幼稚園教育における演劇教育論 単著 2003年 3月 金城学院大学大学院人間生活学研究科論集第3号Pp.75-85金城学院大学大学院人間生活学研究科 幼児教育界で理論的実践的指導者として活躍した倉橋惣三が、どのように幼稚園教育に演劇教育を取り入れてきたかを、欧米留学の前後をはさんだ変化に注目して、大正13年に発表された論文『創造性と観賞性』を基に検証した。欧米の幼児教育の視察を終えて、倉橋は欧米の芸術教育に日本の進むべき方向を見てとったようである。留学前の明治時代には「戯曲的模倣」という言葉を使って、子どもの演劇的な振る舞いに注目し、演技する主体としての子どもという視点から発言をしてきた。しかし留学後は、観賞者である子どもの想像力を刺激する媒介としての演劇に力に注目し、人形劇をはじめとする観賞教育に力を入れるようになり、この活動が、その後の日本の保育の現場に大きな影響力を及ぼした。
土川五郎の遊戯観と児童の演劇表現活動-大正期の児童劇の是非をめぐる論争を中心に- 単著 2003年 3月 金城学院大学大学院人間生活学研究科論集第4号 Pp.17-24金城学院大学大学院人間生活学研究科 律動遊戯を唱えることにより大正期の保育会に多大な影響を与えた土川五郎が、演劇教育についてどのように考えていたのか、小山内薫編集の雑誌『女性』へ寄稿した論文、著書『律動遊戯第一集』『幼児の遊戯』、雑誌『夫人と子ども』『幼児の教育』を基に、土川の遊戯観・演劇教育観について検証した。土川は、演劇教育が観客に及ぼす親和力ともいえる教育効果まで言及しており、演じる子どもだけでなく、観賞する子どもも同じように、審美的情緒が陶冶されることを述べている。幼児の関心と言う表層的なレベルでなく、観客である幼児に与える教育的効果を認めた点は、現代の日本の保育における演劇教育を考える点でも有効で、土川の今日性を再考する糸口になる。
坪内逍逡の児童劇の今日的意義:「おろち退治」にみる演劇的身体表現の可能性について 単著 2005年 3月 愛知教育大学幼児教育研究第12号Pp.23-30 愛知教育大学幼児教育教室 大正期の1920年代に日本で初めて「児童劇」を提唱し実践した坪内逍遥の提言により、「お伽芝居」に代表された、それまでの商業的な「子どもにみせるための劇」から、「子ども自らが演じる児童劇」へと、子どもをめぐる劇活動の意味が転換した。坪内逍遥は、児童劇において重要なことは、完結した物語ではなく、子どもたちの関心を引き起こす「場面」である事を強調した。また逍遥は、子どもの演劇活動を個人の生涯にわたる芸術教育の一環と位置づけ、児童劇を、社会の芸術化の礎として捉えていたことを明らかにした。
近代日本の幼児教育における劇活動の意義と変遷 単著 2005年 3月 博士(学術)論文 金城学院大学 甲第27号 明治期以降の我が国の幼稚園教育における劇活動・及び演劇活動について、その変遷と現代に於ける意義について論じた。すなわち、我が国の幼稚園教育における劇活動・及び演劇活動は、明治期に始まる商業的なお伽芝居にはじまっており、坪内逍逢、和田実、倉橋惣三、土川五郎、小原国芳らの演劇教育論及び実践の歴史は、「誰のための劇か」という、子どもの劇活動の本質をめぐる問題を追及してきたものであることを文献研究に基づいて明らかにし、現在の日本の幼稚園・保育園での劇活動の実際への展望に向けて、児童劇あるいは学校劇の先駆者たちの提唱した教育理念を見直し、再評価する視点を提供した。
児童劇・学校劇における岡田文部大臣の訓示・通牒の意味とその輝一所謂「学校劇禁止令」(1924)について(査読有) 単著 2006年 6月 子ども社会研究 12号 Pp.70-84 日本子ども社会学会 一般的に「学校劇禁止令」として知られる1924(大正13)年に出された岡田文部大臣による学校劇についての訓示と文部次官通牒について考察した。この訓示は、幼稚園・保育園を含む学校劇全般の「禁止」を意味するものであったと、解釈されてきた。しかしこの訓令が出される前から、幼児の演劇を推進していた人々(坪内逍遥・小原国芳・倉橋惣三・土川五郎ら)から、学校劇の好ましくない実態に対しての危惧の念が表わされていた。この訓示は、華美になり「見せるため」の劇に向かっていった学校劇に対して戒めるものであった。所謂「学校劇禁止令」が、禁止的な意味を持つ弾圧ではなかったことを、当時の雑誌や新聞記事をもとに明らかにした。
「子どものための演劇」とは何か?-お伽芝居の誕生とその意義- 単著 2007年 3月 愛知教育大学幼児教育研究第13号Pp.39-46 愛知教育大学幼児教育教室 ドイツで見聞した児童演劇を日本で始めたいと考えた巌谷小波と、同じ頃、日本に革新的演劇の創造を試みようとしていた川上音二郎・貞奴一座が協力して実現した「お伽芝居」について考察した。子どものための「お伽芝居」は、日本の演劇界に大きな新しい動きがみられる黎明期に誕生したということができる。お伽芝居が、児童向けの演劇が商業主義との妥協の産物とならざるを得なかったことが、小波の様々な記録から読み取れるが、それまで存在しなかった対象を普及させ持続させるのは、興業的な成功は不可欠であったはずで、それは巌谷小波の功績に対する評価を下げるものではない。この様な小波の先駆的な仕事ゆえに、のちの坪内逍遥や倉橋惣三たちによる演劇的な教育活動へと発展していったといえる。
保育所保育指針改定の変遷と現状 単著 2009年 3月 全国保育士養成協議会中部ブロック大14回セミナー 全国保育士養成協議会中部ブロック第14回せみなーにおける第一分科会報告書
小学校教員・保育者養成校における絵本の位置 単著 2009年 5月 愛知教育大学幼児教育研究第14号Pp.23-30 愛知教育大学幼児教育教室 文字テキストと絵テキストとが協同的に機能するメディアの特性を生かした、「絵本」を授業で取り上げることはどのような意味があるのか、養成校における絵本の位置の再定義を試みた。日々の保育の中では、保育者は「文学としての絵本」を子どもに提示しがちである。しかしこの文学的解釈を求めようとする姿勢が、保育者の絵本の解釈の幅を狭め、結果子どもたちの自由な反応を阻害する危険性をも孕んでいる。「読み聞かせ」という大人と子どもの共通体験の空間の中で、テキストのtextureを、子どもたちに見てとれるように手渡しできる学生を、養成校では育てる必要がある。
欧米と日本の絵本に見られる価値観の違い 単著 2009年 5月 愛知教育大学幼児教育研究第15号Pp.73-80 愛知教育大学幼児教育教室 初期近代以降の欧米文化の根底に流れるキリスト教的な子ども観をたどりながら、その子ども観が、現代の絵本にも流れていることを、子どもと大人が共有するメディアである絵本を手がかりに、具体的に示した。日本語に翻訳された現代の絵本から垣間見られる子ども観に関する違和感は、キリスト教の精神とそこに根差した育児法の移入から問題が発生しているのであるが、この前提を理解していないと、時に子育てに悩む親の不安を増大させてしまう恐れがある。文化的な価値観の違いを理解したうえで絵本を手にすることは、より充実した親子のコミュニケーションを促すルーツとしての絵本を考える上でも重要である。
附属クリエ幼稚園での基礎実習の取り組みについて 特別寄稿(依頼)論文 単著 2014年 3月 平成25年度名古屋芸術大学附属クリエ幼稚園研究紀要『保育のまなざし』 名古屋芸術大学人間発達学部の幼稚園教育実習に関するカリキュラム変更と、2013年度から附属クリエ幼稚園での教育実習意義について考察した。事前事後指導の在り方、附属幼稚園の先生方との連携のありかた、学生と園との交流の今後の課題について検討した。
保育者養成校の学生にとって幼稚園行事の参加することの意義 特別寄稿(依頼論文) 単著 2015年 3月 名古屋芸術大学附属クリエ幼稚園研究紀要『保育のまなざし』第2号pp54‐59 人間発達学部1年生の保育内容「表現」の授業の中で、附属クリエ幼稚園で行われるハロウィンの行事に明確な目的意識をもって参加し、その取り組みにおいて、大学初年次における保育の現場に十財にかかわることの教育的な意義について考察した。
「教職実践演習」の授業における附属栗栄幼稚園年中児との交流について 特別寄稿(依頼論文) 単著 2016年 3月 名古屋芸術大学附属クリエ幼稚園研究紀要『保育のまなざし』第3号pp82‐88 PDCAという概念を学生が体験的に習得することを一つの目的とする「教職実践演習」において、付属幼稚園の子どもたちとの「交流会」がいかに重要であり、学生一人ひとりの貴重な学びの契機となっているかを検証した。
母親の求める子育て支援はどうあるべきかー聴き取り調査に基づく子育て支援試論― 単著 2019年 3月 名古屋芸術大学研究紀要(第40巻) 名古屋芸術大学の子どもコミュニティセンターに集う母親にとって、子育て支援センターに求めるものは実際に何なのか、どんなケアを求めているのか、思い描いていた母親像と現在との自分にどんなギャップを感じて苦しさを感じているかについてインタビューをし、大学における子育て支援の在り方の在り方を探る。
保育所実習に向けた学生の自己課題決定を促す、横断的な実習指導の試行と可能性の検証ー近隣養成校の協働的な取り組みによるセミナーの実施ー 共著 2019年 6月 平成30年度保育士養成研究所報告会 一般社団法人全国保育士養成協議会 保育士養成研究所pp.61-64 保育者養成校では、保育士養成課程を形成する各教科目や実習指導等を、担当教員の専門性と責任に委ねている部分があり、学生は実習の中でのイメージ作りや必要な援助等の構成に、各教科での学びを生かすことができない状態にある。つまり学生が各教科で取得した知識や技能を総合的に発揮し、保育の実践力を磨く横断的な指導の構築が必要になると考えられる。そこで共同研究者が所属する大学の学生の多様な実態を実習に対する課題を把握し、横断的かつ総合的な実習指導の試行的展開を通して、その成果と課題を検討した。研究代表者:安部孝 木許隆 斎藤正人 南元子
Top of page

学会発表

題目/演目名等 発表年月 発表学会名等 概要
育児に関する聞き取り調査ー明治・大正・昭和の母親を対象にー 1995年 5月 第47回日本家政学会 奈良女子大学(奈良県奈良市) 修士論文を「日本的育児の変遷ー明治以降の育児所及び聞き取り調査の分析を通してー」をもとに、日本的な育児館に焦点を当て発表をした。お宮参りなど古くから伝わる風習に「七つまでは神の子」といわれる日本的な子ども観が、現代の育児の根底に強く流れていることが明らかになった。子dもは神の世界からのまれびと(客人)に近い心材として描かれており、子どもの生活が中心に据えられる様子がうかがわれた。
明治期の幼稚園教育における和田実の演劇教育 2002年 5月 第54回弐本家政学会昭和女子大学(東京都世田谷区) 和田は「観察から模倣へ、そして練習へ」と発展する劇的な遊戯(模倣的遊戯)の道筋を明らかにし、「ごっこ遊び」の教育的意義を訴え、劇的な遊びへと発展させる重要性を述べた。幼児の「芝居のまねごと」すら批判されていた明治時代に、虚構の世界に遊ぶ模倣的遊戯の価値に目を向けたことは注目に値する。遊びを主軸とした劇活動に対する和田の発言の数々が、その後の日本の児童演劇教育の出発点になったと考えられる。
倉橋惣三の幼稚園教育における演劇教育論 2002年 6月 第9回 日本子ども社会学会 岡山大学(岡山県岡山市) 芸術教育・演劇教育について考えるとき、倉橋は、創作的な活動主体としての子どもよりも、作品の受容者・鑑賞者としての子どもを重視した。倉橋の演劇教育論は、欧米留学の経験を反映した優れたものにあることは明らかである。が一方で留学前に「遊戯」としての子どもの創造的活動を高く評価し、子どもが主体的に観察・解釈し再構成する行為を演劇活動と捉えていた倉橋の立場を考えると、留学後に鑑賞を強調した演劇教育を実践した倉橋の仕事は、倉橋の実用性の高さゆえに、現代にいたるまで日本の幼児教育の現場において大きな影響を与えたと言える。演劇創造における大切な一面が、蔑ろにされてきた傾向が押し出されるようになった要因の一つのように考えられるのである。
土川五郎と大正期の児童演劇教育 2003年 5月 第56回日本保育学会グランシップ静岡(静岡県静岡市) 律動遊戯の創始者である土川五郎が、当時の幼稚園で流行していた劇活動について、子どもの表現活動の視点からどのように考えていたかを考察した。土川は見せるための劇には「虚偽」を導く可能性がある問題を挙げ、「観客を単惜しませる理論に支配される劇」を批判した。土川が子どもの劇活動に求めていたことは、子どもが劇の中に没入し周囲の状況から離れ、劇中の人物に完全になりきり、その思想感情に直接触れることっであった。あえて「厳粛な遊戯」という土川の言葉には、児童劇は、現実や大人の価値基準からも自由な子どもの遊戯でなくてはならないと考えていたことがうかがわれる。
坪内逍遥の児童演劇教育観 2004年 5月 第57回日本保育学会 兵庫教育大学(兵庫県加東市) 「児童劇」の名付け親である坪内逍遥について考察した。逍遥の評価として、小原国芳に代表される「学校劇」に与えた影響が与えられ、子どもの演劇教育に対する理論的な根拠を与えたことと、演劇教育を芸術教育の一環として位置づけたことである。幼児教育という視点から演劇教育を考えた和田・倉橋・土川らが、幼児期という特定の年代の子どもを対象に水平的な広がりで考察したのに対して、逍遥は人間の一緒の時間軸の中で、成人につながる幼児・児童のための演劇教育という垂直的な考えで試行した点において、幼児教育の考える演劇教育と坪内の理論は、補器案的な関係にある。
所謂「学校劇禁止令」(1924)の意味及び影響について 2005年 6月 第12回日本子供社会学会 大阪市立大学(大阪府大阪市) 1924年に出された岡田文部大臣の「学校劇禁止令」(「訓示」「通牒」)について、近視的な意味を持つ「当局からの弾圧」ではなく、「見せるための劇」にむかったことを当時の新聞や雑誌から検証し明らかにした。
保育者養成校における附属幼稚園での基礎的実習の試み 2014年 5月 第67回日本保育学会 大阪総合保育大学・大阪城南女子短期大学 ポスター発表 名古屋芸術大学人間発達学部の幼稚園教育実習に関するカリキュラム変更にともない始まった、2013年度から附属クリエ幼稚園で行う基礎実習の在り方について考察した。事前事後指導の在り方、附属幼稚園の先生との連携の在り方、学生と園の交流の課題について検討した。(発表者:南元子・吉村美由紀)
日常に潜むドラマで遊ぶーお散歩を舞台にのせるまでー 2015年 5月 第68回日本保育学会 椙山女学園大学(愛知県名古屋市) 保育中の「いつもの出来事」を劇遊びに展開させ、発表会に向けて舞台を作っていくプロセスを、保育記録をもとに考察した。異年齢(燃焼時9人、年中児8人、年長児7人)で構成されるクラスでの子どもの様子から、一年間の保育をⅢ期に分け、担任が保育の何に注目をして、どのように日常性のドラマを舞台にのせていくのかを考察した。
保育所実習にむけた学生の自己課題を促す、横断的な実習指導の試行と可能性の検証~近隣養成校の協働的な取り組みによるせみなーの実地~ 2019年 8月 2019年度全国保育士養成セミナーブロック研究助成報告会(ブロック1)神戸ポートピアホテル 研究代表者:安部孝、木許隆、斎藤正人、南元子。近隣する二つの大学の共同研究者が、所属する大学の学生の多様な実態と実習に対する課題を把握し、お横断的かつ総合的な実習指導を一年間にかけて試行的に展開し、その成果と課題について検討した。
Top of page

保育所実習に向けた学生の自己課題解決を促す溶断的な実習指導と可能性の検証ー近隣養成校の共同的な取り組みによるセミナーの実施ー

著書名 単著、
共著の別
出版年月 発行所・発表雑誌等 概要
2018年度全国保育士要請協議会 助成金研究報告書 共著 2018年 8月 平成30年度保育士養成研究所研究所pp.61-64 保育士養成校では、保育士養成課程を形成する書く強化名や実習指導等を、担当教員の専門性と責任に委ねている部分があり、学生は実習の中でのイメージ作りや必要な援助等の構成に、各教科での学びを生かすことができない状態にある。つまり学生が各教科で取得した知識や技能を総合的に発揮し、保育の実践力を磨く横断的な指導の構築が必要になると考えられる。そこで共同研究者が所属する大学の学生の多様なジッダy値実習に対する課題を把握し、横断的かつ総合的な実習指導の試行的展開を通して、その成果と課題を検討した。
Top of page
検索結果に戻る