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フリガナタムラ アキラ
ローマ字TAMURA Akira
氏名田村 章
メールatamura@kinjo-u.ac.jp
学位文学修士 
所属文学部 / 英語英米文化学科
職名教授
所属学会日本英文学会 日本ジェイムズ・ジョイス協会 同志社大学英文学会 International James Joyce Foundation 
専門分野文学   
研究課題ジェイムズ・ジョイスの作品研究 アイルランド文化研究 文学批評および文化研究の動向 

学会及び社会における活動等

開始年月 活動内容 終了年月
1986年 4月 同志社大学英文学会会員 現在に至る
1989年 6月 日本ジェイムズ・ジョイス協会会員 現在に至る
2001年11月 日本英文学会会員 現在に至る
2010年 4月 International James Joyce Foundation 現在に至る
2019年 4月 日本英文学会中部支部『中部英文学』編集委員 現在に至る
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受賞歴

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著書

著書名 単著、
共著の別
出版年月 発行所・発表雑誌等 概要
『フィクションの諸相―松山信直先生古希記念論文集』 共著 1999年 3月 英宝社 松山信直、南井正廣ほか総著者数25名。総頁数481頁。「ジェイムズ・ジョイスと『ケルズの書』」(P451~P466)を担当。ジェイムズ・ジョイスの作品『フィネガン・ウェイク』第I部第5章と、聖書の彩色写本であり、ジョイスが大きな影響を受けたとされる『ケルズの書』の相互関係について検討した。『ウェイク』の中でも特に「カオスモス」という語に注目し、このどちらの作品も、秩序ある「コスモス」と無秩序の「カオス」の両方を包含していく「カオスモス」としての世界の姿を描いていることを明らかにした。
『表象と生のはざまで―葛藤する米英文学』 共著 2004年 8月 南雲堂 石塚則子、斉藤延喜、山下昇ほか総著者数43名。総頁数777頁。「ジェイムズ・ジョイスの作品におけるアメリカの表象」(P530~P547)を担当。ジェイムズ・ジョイスの作品、特に『ユリシーズ』と『フィネガンズ・ウェイク』を中心に、そこに現れるアメリカに関する表象について分析した。ジョイスは生涯の中で一度もアメリカに行ったことはなかったが作品中にはたくさんの言及がなされている。これらをまとめていくと、ジョイスはアメリカを、膨大な数の移民が移っていった「海の向こうの大きなアイルランド」として描くと同時に、イギリスの圧制からアイルランド人の心を救ってきた夢の国として描写していることが明らかとなった。
『アングロ・アイリッシュ文学の普遍と特殊』 共著 2005年 2月 大阪教育図書 風呂本武敏と共編。宮地きみよ、山田久美子、磯部哲也、風呂本武敏と共著。総頁数148頁。「はじめに」(Pi~Piv)を担当。グローバライゼーションが進行する状況の中で、ポストコロニアル理論を援用してアイルランドの文化・文学を分析していく本書の意義を解説した。「ジェイムズ・ジョイスの「アイルランド性」再考―『若き日の芸術家の肖像』 における文化混交性」(P1~P23)を担当。長期間イギリスの植民地であったアイルランドでは、イギリスとの間で、言語、宗教、政治、生活様式をめぐって様々な文化混交が生じていた。作家ジェイムズ・ジョイスは、アイルランドの文化混交性をどのように意識し、作品でどのように取り上げていったかという問題について、自伝的要素を含む小説『若き日の芸術家の肖像』の分析を通して検証した。参考文献(P125~P133)を担当。本書全体で用いられた参考文献について、英文参考文献、邦文参考文献、および映像資料に分けて作成した。
『ジョイスの迷宮(ラビリンス)―「若き日の芸術家の肖像」に嵌る方法』 共著 2016年12月 言叢社 金井嘉彦、道木一弘ほか著者数10名。執筆を担当した論文「スティーヴンと「蝙蝠の国」―『若き日の芸術家の肖像』における「アイルランド性」」(P221-P239)は、平成17年に出版した『アングロ・アイリッシュ文学の普遍と特殊』所収の「ジェイムズ・ジョイスの「アイルランド性再考」―『若き日の芸術家の肖像』における文化混交性」を大幅に改訂したものである。とくに作品中に現れる蝙蝠のイメージがアイルランドの文化混交性の象徴となっていることに注目した。「ギネス工場展望パブからの眺望(ながめ)」(P240)は、ダブリンの風景に関するエッセイである。さらに「日本における『肖像』の訳の歴史」(P291-P293)も担当し、大正11年から平成21年までに書かれた『肖像』の日本語訳についてまとめた。
『ジョイスの拡がり―インターテクスト・絵画・歴史』 単著 2019年 3月 春風社 ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』、『フィネガンズ・ウェイク』を中心に、他の文学テクストとの関係、絵画との関係、歴史記述との関係について論じた。1992年から2014年にかけて発表した論文8本を大幅に改訂して掲載するととともに、新たに序章を書き下ろし、さらに、あとがき、引用・参考文献一覧、索引を付けた。
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学術論文

著書名 単著、
共著の別
出版年月 発行所・発表雑誌等 概要
「FoolとしてのBloom―James JoyceのUlyssesについて」 単著 1990年 3月 『Core』(同志社大学 英文学会)第19号 ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』の主人公レオポルド・ブルームについて論じた。ブルームは、Walter Kaiser等による道化(Fool)の定義に合致する特性をもつ人物である。その最も重要な役割は、西洋社会を支えている様々な秩序、例えば国家、教会、言語システムを撹乱し批判していくことにある。本論では、ブルームのこのような道化としての存在意義、および清新な秩序をもたらす英雄になることができないという彼の限界について論じた。
「パノプティコンのような語りの空間―Ulysses 第12挿話について」 単著 1992年 3月 『比較文化研究』(日本比較文化学会)第20号 ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』第12挿話では、“eye”や“see”のような視覚に関係する語彙が多用されている。こうした中で、主人公のレオポルド・ブルームは、これらの視覚関係語彙の主体となることを剥奪され、一方的に「監視される」対象として描かれている。このことから、この挿話は、西洋近代社会の権力構造の構図とも考えられるパノプティコン(一望監視施設)と共通の構造を持っていることを明らかにした。
「名前をめぐる闘争」 単著 1992年 6月 『Joycean Japan』(日本ジェイムズ・ジョイス協会)第3号 ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』第12挿話では、主人公のレオポルド・ブルームは、自らの名前を隠した者達と対立する。すなわち二人の語り手と「市民」というニックネームの匿名のアイルランド愛国者である。ブルームは、名前とそれが指し示す実体との関係が実は恣意的なもの、すなわち何の根拠もないことに気がついている。他方、彼と対立する者達は、そのことを知らず、名前を支配することで実体をも支配しようとしている。両者の戦いは、言うまでもなくブルームの勝利に終わる。
「浜辺の謎の男の物語―『ユリシーズ』第13挿話について」 単著 1993年 3月 『Core』(同志社大学 英文学会)第22号 ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』第13挿話では、主人公レオポルド・ブルームは、浜辺でガーティーという少女の姿を目にする。二人はお互いの素性を知らないまま、心の中で二人の恋物語を紡ぎ出す。この第13挿話では、二種類の物語が併置されている。一つは、権威の力で支えられ定められた結末へ向かう「大きな物語」であり、もう一つは、愛の渇望に生まれ、はかなく消えてしまう「小さな物語」である。この二種類の物語の併置によって、我々は「語り」と「読み」の営為について、物語の存立基盤について再考せざるを得なくなるのである。
「ナウシカア研究の最近の動向」 単著 1993年 6月 『Joycean Japan』(日本ジェイムズ・ジョイス協会)第4号 ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』の中でも、最近にわかに注目されている第13挿話(「ナウシカア」)についての7本の研究論文の概要をまとめた上で、研究の動向と問題点をまとめたもの。1985年以降、この挿話については、ジュリア・クリステヴァの理論を援用するなど華やかな展開を見せている。しかしながら、テクストを地道にたどるような研究があまり見られないという問題を有していることを指摘した。
「『ユリシーズ』 第14挿話の「牡牛」の文脈について」 単著 1994年 6月 『Joycean Japan』(日本ジェイムズ・ジョイス協会)第5号 ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』第14挿話は、“Oxen of the Sun”と呼ばれているにもかかわらず、牛に関する語としては、“bull(s)”の方が “ox(en)”よりも多用されている。“bull(s)”という語に注目しながら読み直すことによって、この挿話には、ミーノータウロスの神話や古代クレータ島の「牡牛崇拝」の文脈が読み取れること、さらには、アイルランドが“John Bull”に象徴される大英帝国と“the Papal Bull”に象徴されるローマ・カトリックによる二重の支配を受けていること、等を指摘した。
「ジョイス・歴史・新歴史主義―『ユリシーズ』 第10挿話を中心に」 単著 1997年 3月 『主流』(同志社大学英文学会)第58号 ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』第10挿話を歴史に注目しながら読んでいくと、地層のように堆積していく歴史の姿が浮かび上がってくる。ジョイスはこの「地層としての歴史」という捉え方を提示する一方で、歴史がある目的へ向かって持続的に発展していくという目的論的歴史観を否定する。このような点を含めて、ジョイスの歴史観は新歴史主義の歴史観と通底していくことを論証した。
「“Mamalujo”と歴史」 単著 1997年 6月 『Joycean Japan』(日本ジェイムズ・ジョイス協会)第8号 ジェイムズ・ジョイスの作品『フィネガンズ・ウェイク』第II部第4章には、“Mamalujo”という名前にまとめられている4人の歴史家が登場する。この4人の歴史家によって提示される歴史観、すなわちキリスト教的歴史観、ヴィーコの循環論的歴史観、地層としての歴史観について論じた。その上で、ジョイスが作品の中で最も強調しているのは、地層としての歴史、あるいはカオスとしての歴史の姿であることを明らかにした。
“What Does ‘void’ Signify in Ulysses?” 単著 1999年 6月 『Joycean Japan』(日本ジェイムズ・ジョイス協会)第10号 ジェイムズ・ジョイスの作品、特に『ユリシーズ』と『フィネガンズ・ウェイク』では、“void”という語が重要な意味を担っている。この語は、作品の中で、「空無」、「不確実」を意味するだけではなく、「渦巻き」、「カオス」、さらには「愛の渇望」をも意味しており、作品の中核に位置する語であることを論証した。
「BuckleyとRussian general―戦争と革命の文脈」 単著 2001年 6月 『Joycean Japan』(日本ジェイムズ・ジョイス協会)第12号 ジェイムズ・ジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』第II部第3章のテクストは、ジョイスが父親から聞かされたBuckleyとRussian generalのエピソード、すなわちクリミア戦争を舞台に、アイルランドの一兵卒がロシア人の将軍を撃った話を下地に構成されている。この論文では、このテクストについて、様々な文学テクストの融合、アイルランド史とロシア史の融合、テレビや映画等のメディアの融合の3点から分析した。
「『ユリシーズ』第7挿話に秘められたアメリカとモーセの物語」 単著 2005年 3月 『金城学院大学論集』(人文科学編)(金城学院大学論集委員会)第1巻第1・2合併号 ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』第7挿話について、アメリカへの言及とモーセの出エジプトの物語との関連の観点から分析した。この挿話では、聖書中の「モーセの物語」が、アメリカへの移住やアイルランド独立運動を示す比喩として機能している。ただしジョイスは、現実のアメリカやアイルランド独立運動の問題点も「モーセの物語」を用いて指摘している。こうした中で、平凡な個人に到達可能な「約束の地」について、ジョイスがやはり「アメリカ」という語を用いて暗示しているのは興味深いことである。従来『ユリシーズ』研究では、アメリカへの言及に注目されることはなかった。しかし、特に第7挿話を読む際には、これは極めて重要な意義を担っていることを論証した。
“The Eighth Episode of Ulysses and The Cheese and the Worms by Carlo Ginzburg” 単著 2008年 3月 『金城学院大学論集』(人文科学編)(金城学院大学論集委員会)第4巻第2号 ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』第8挿話の中で、主人公レオポルド・ブルームがチーズを食する場面、そして第6挿話でチーズについて思い巡らす場面に着目しながら、歴史家カルロ・ギンズブルグが著書『チーズとうじ虫』で解説している16世紀北イタリアの粉挽屋メノッキオの世界観・宗教観とジョイスの世界観・宗教観を比較し、両者の共通性と関連性、およびその意義について詳細に論考した。
「ジェイムズ・ジョイスの『衣装哲学』―『ユリシーズ』第10挿話について」 単著 2010年 3月 『金城学院大学論集』(人文科学編)(金城学院大学論集委員会)第6巻第2号 ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』第10挿話は衣服や装身具に関する言及が極めて多い。このことを手がかりに、本挿話のテクストとトマス・カーライルの『衣装哲学』のテクストが密接な関係にあることを論証した。
「ジェイムズ・ジョイスと視覚芸術に関する研究序論―『ユリシーズ』を中心に」 単著 2011年 3月 『金城学院大学論集』(人文科学編)(金城学院大学論集委員会)第7巻第2号 ジェイムズ・ジョイスの作品と絵画を中心とする視覚芸術の関係について、研究の現状を明らかにし、その問題点を明らかにした。特に、アイルランド絵画や印象派絵画との関係に解明の余地がまだまだあることを指摘し、代表作の『ユリシーズ』のテクストとの間にどのような関連性が考えられるかを考察した。
"Ulysses and the Visual Arts: Irish Painting, Impressionism, and Modernism" 単著 2012年 3月 『金城学院大学論集』(人文科学編)(金城学院大学論集委員会)第8巻第2号 ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』の中に描かれている様々な視覚的イメージと印象派絵画、アイルランド絵画、およびアイルランドにおけるモダニズム絵画との関係について論じた。後半では、特に『ユリシーズ』第1挿話についてこの観点からの詳細な分析を試みた。20世紀初頭のアイルランドでは文壇と画壇が深く関わっていたにもかかわらず、ジョイスと絵画との関わりについては研究が十分になされてはおらず、本論文ではこの問題の解明を試みた。
「ジョージ・ムアからジェイムズ・ジョイスへ―視覚芸術との関わりを中心に」 単著 2013年 3月 『金城学院大学論集』(人文科学編)(金城学院大学論集委員会)第9巻第2号 ジョージ・ムーアの『一青年の告白』とジェイムズ・ジョイスの『若い芸術家の肖像』、および『ユリシーズ』第1挿話、第9挿話のテクストを比較して、ムーアがジョイスに及ぼした影響について、印象派絵画との関係、カトリック信仰やアイルランドとの関わりを中心に考察し、アイルランド文学とモダニズム芸術の関係について論じた。
「『フィネガンズ・ウェイク』第III部第3章冒頭における聖パトリックの描写について」 単著 2014年 3月 『金城学院大学論集』(人文科学編)(金城学院大学論集委員会)第10巻第2号 ジェイムズ・ジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』第III部第3章冒頭(474.1-485.7)における聖パトリックの描写の意義をジョイスの『若い芸術家の肖像』のテクストとの関連性をふまえて解明した。さらに『ウェイク』のこの箇所から読み取ることができるジョイスの歴史記述に関する問題意識について考察した。
「虚偽と捏造のテクスト―『ユリシーズ』第16挿話を読む」 単著 2016年 3月 『金城学院大学論集』(人文科学編)(金城学院大学論集委員会)第12巻第2号 ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』第16挿話は、たくさんの法螺話、虚偽、捏造がちりばめられたテクストである。本稿では、虚偽と捏造について、この挿話の登場人物に関わるものと言語、新聞、宗教、歴史的事件に関わるものの2種類について詳細に考察し、これらが対概念となる「事実」とともにこの挿話の一つの中核となっていることを論証した。
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学会発表

題目/演目名等 発表年月 発表学会名等 概要
「Parody in James Joyce’s Ulysses」 1988年 3月 日本比較文化学会関西支部月例研究会 同志社大学 ジェイムズ・ジョイスの作品『ユリシーズ』のテクストに見られる様々なパロディについて、テクスト全体の構造のレベル、各挿話のレベル、テクスト内の語句のレベルの3つに分けて考察した。
「James JoyceのUlyssesにおける男性世界と女性世界」 1988年10月 同志社大学英文学会 同志社大学 ジェイムズ・ジョイスの作品『ユリシーズ』では、20世紀初頭のアイルランドにおいて、教会、国家、言語という社会の秩序を保ち続けてきたシステムが次第にその権威を失っていく様子が描かれている。このような状況の中での人々の生き方を男性の登場人物と女性の登場人物とに分けて論じた。
「UlyssesにみるJames Joyceの言語観について」 1989年11月 日本比較文化学会関西支部月例研究会 同志社大学 ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』から読み取ることができる作者の言語観と言語学者フェルディナンド・ソシュールの言語観との類似点について考察した。
「“void”に注目してUlyssesを読む」 1990年11月 日本比較文化学会関西支部月例研究会 同志社大学 ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』の中に繰り返し現れている“void”(空無)という語の意味と役割について分析し、この語が“love”と対応して作品の中核を構成していることを論じた。
「芸術家Stephen Dedalusの誕生のために―Ulysses試論」 1991年10月 日本英文学会中部支部第43回大会 三重大学 ジェイムズ・ジョイスの『若き日の芸術家の肖像』の主人公であり、『ユリシーズ』の一主人公である文学青年スティーヴン・ディーダラスが、言語に対する信頼をいかにして取り戻せばよいのか、という問題について、作者の言語観を分析して論じた。
「パノプティコンのような語りの空間―Ulysses第12挿話について」 1992年 1月 日本比較文化学会関西支部月例研究会 同志社大学 ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』第12挿話における視覚関係語彙の用いられ方を分析し、この挿話が、西洋近代社会の権力構造の構図とも考えられるパノプティコン(一望監視施設)と共通の構造を持っていることを明らかにした。
「“Noman”ブルームの勝利―『ユリシーズ』第12挿話における「名前」の問題について」 1992年11月 日本比較文化学会関西支部月例研究会 同志社大学 ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』第12挿話における「名前」の捉え方について論じた。そして主人公レオポルド・ブルームとこの挿話の語り手達の「名前」の捉え方の相違の意義について考察した。
「浜辺の謎の男の物語―Ulysses第13挿話について」 1992年11月 同志社大学英文学会 同志社大学 ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』第13挿話では、主人公レオポルド・ブルームは、浜辺でガーティーという少女の姿を目にする。二人はお互いの素性を知らないまま、心の中で二人の恋物語を紡ぎ出す。この小さな恋物語の意義について考察した。
「『ユリシーズ』第14挿話とクレータ島の「牡牛崇拝」」 1994年10月 日本英文学会中部支部第46回大会 静岡精華短期大学 ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』第14挿話のテクストから読み取れるミーノータウロスの神話や古代クレータ島の「牡牛崇拝」の文脈について論じた。
「ジョイス・歴史・新歴史主義―『ユリシーズ』第10挿話を中心に」 1995年12月 日本比較文化学会関西支部月例研究会 同志社大学 ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』第10挿話を中心に取り上げて、ジョイスの歴史観が新歴史主義の歴史観と通底していくことを論証した。
「“Mamalujo”と歴史」 1996年 6月 日本ジェイムズ・ジョイス協会第8回研究大会 早稲田大学国際会議場 ジェイムズ・ジョイスの作品『フィネガンズ・ウェイク』第II部第4章で、“Mamalujo”という名前にまとめられている4人の歴史家によって提示される作者の歴史観について論じた。
「“void”再考‐James Joyceと20世紀初頭の思想風土」 1997年10月 日本英文学会中部支部第49回大会 中京大学 ジェイムズ・ジョイスが作品中で用いている“void”という語の持つ意義を確認した上で、この語がジョイスと同時代の作家や詩人によってどのように用いられているか、という問題について比較、検討した。
「『フィネガンズ・ウェイク』第 1巻第5章と『ケルズの書』」 1997年11月 日本比較文化学会関西支部月例研究会 同志社大学 ジェイムズ・ジョイスの作品『フィネガン・ウェイク』第I部第5章と、聖書の彩色写本である『ケルズの書』の相互関係について検討した
「ジェイムズ・ジョイスと『ケルズの書』」 1997年12月 日本ケルト学者会議第17回大会 金城学院大学 ジェイムズ・ジョイスの作品『フィネガン・ウェイク』第I部第5章と、聖書の彩色写本である『ケルズの書』の相互関係について、『ユリシーズ』も視野に入れて検討した。
「“void”とは結局どういう意味なのか?」 1998年 6月 日本ジェイムズ・ジョイス協会第10回記念大会  早稲田大学国際会議場 ジェイムズ・ジョイスの作品、特に『ユリシーズ』と『フィネガンズ・ウェイク』では、“void”という語が重要な意味を担っている。この語は、作品の中で、「空無」、「不確実」を意味するだけではなく、「渦巻き」、「カオス」、さらには「愛の渇望」をも意味しており、作品の中核に位置する語であることを論証した。
「BuckleyとRussian general―戦争と革命の文脈」 2000年 6月 日本ジェイムズ・ジョイス協会第12回研究大会 法政大学 ジェイムズ・ジョイスの作品『フィネガンズ・ウェイク』第II部第3章について、様々な文学テクストの融合、アイルランド史とロシア史の融合、テレビや映画等のメディアの融合の3点から分析した。
「James Joyceの “Irishness”を 再考する―A Portrait ofthe Artist as a Young Manにおける文化混交性」 2003年10月 日本英文学会中部支部第55回大会 金城学院大学 日本英文学会中部支部第55回大会で開催されたシンポジウム「アングロ・アイリッシュ文学に見る普遍性と特殊性」で、行った研究発表である。ジェイムズ・ジョイスのA Portrait of the Artist as a Young Man(『若き日の芸術家の肖像』)を取り上げて、アイルランドの文化混交性と文化混交状態に対するジョイスの姿勢について分析した。
「なぜブルームはチーズサンドイッチを食すのか?―『ユリシーズ』第8挿話と『チーズとうじ虫』」 2007年 6月 日本ジェイムズ・ジョイス協会第19回研究大会 青山学院大学 ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』第8挿話について、主人公レオポルド・ブルームがチーズを食すことを手がかりにして、歴史家カルロ・ギンズブルグが著書『チーズとうじ虫』で解説している16世紀北イタリアの粉挽屋メノッキオの世界観・宗教観とジョイスの世界観・宗教観の共通性と関連性について論考した。
”Wandering Rocks and Carlyle's Sartor Resartus” 2010年 6月 第22回 International James Joyce Symposium Charles University, Prague ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』第10挿話、Wandering Rocks は、衣服や装身具に関する言及が極めて多い。このことを手がかりに、この挿話とトマス・カーライルの『衣装哲学』とが密接な関係にあることを、登場人物の描写、アイルランドの描写、テーマの共通性等の観点から論証した。
「ジェイムズ・ジョイスと視覚芸術 ―研究の現状と今後の展望」 2010年10月 日本英文学会中部支部第62回大会 金沢大学 ジェイムズ・ジョイスの作品と絵画を中心とする視覚芸術の関係について、研究の現状を明らかにし、その問題点を明らかにした。特に、アイルランド絵画や印象派絵画との関係に解明の余地がまだまだあることを指摘し、代表作の『ユリシーズ』第1挿話のテクストとの間にどのような関連性が考えられるかを詳細に考察した。
”Ulysses and Irish Paintings with Reference to Impressionist Paintings” 2011年 6月 第22回 North American James Joyce Conference カリフォルニア工科大学 ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』と絵画との関係について、第13挿話と印象派絵画と関連性、ドガやモローの作品との関わり、第1挿話とアイルランド絵画との関連性等について詳細に論じた。20世紀初頭のアイルランドでは文壇と画壇が深く関わっていたにもかかわらず、ジョイスと絵画との関わりについては研究が十分になされてはおらず、本発表ではこの問題の解明を試みた。
ムーアの『一青年の告白』とジョイスの『若い芸術家の肖像』をめぐる視覚芸術 2012年10月 日本英文学会中部支部第64回大会 南山大学 名古屋キャンパス ジョージ・ムーアの『一青年の告白』とジェイムズ・ジョイスの『若い芸術家の肖像』のテクストを比較して、ムーアがジョイスに及ぼした影響について、印象派絵画との関係、カトリック信仰やアイルランドとの関わりを中心に考察し、アイルランド文学とモダニズム芸術の関係について論じた。
アイルランド史の記述について―古代アイルランドと聖パトリックを中心に 2013年 6月 日本ジェイムズ・ジョイス協会第25会大会 京都大学文学部 ジェイムズ・ジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』第III部第3章冒頭における聖パトリックに関する言及の意義をジョイスの『若い芸術家の肖像』のテクストとの関連をふまえながら解明した。さらに『ウェイク』のこの箇所から読み取ることができるジョイスの歴史記述についての問題意識について考察した。
'Eumaeus' and Sailor Narratives 2016年 6月 第25回 International James Joyce Symposium, University of London ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』第16挿話(Eumaeus)は、先行する多様な「船乗りの物語」(Sailor Narrative)との関係が見られるテクストである。この発表では、とくにダニエル・デフォーの『ロビンソン・クルーソー』との間に緊密な関係があることを論証した。さらにS.T.コールリッジの長詩「老水夫行」との関係にも言及し、第16挿話の特徴を浮かび上がらせた。
「レオポルド・ブルームの歴史学―『ユリシーズ』第16挿話における事実とフィクション」 2017年 5月 日本英文学会第89回大会 静岡大学 ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』第16挿話における歴史記述のありかたについて、事実と虚構(フィクション)の境界の曖昧さという観点から分析した。その上で、この挿話が歴史の捏造というアイルランド史に見られる一側面にも言及しながら、客観的な歴史記述の実現の困難さを示していることを説明した。主人公レオポルド・ブルームはあたかも一人の歴史家であるかのようにこの挿話で活動し、歴史記述の問題点を提示していくのである。
第16挿話における事実とフィクションの不可分性 2019年 6月 日本ジェイムズ・ジョイス協会 第31回大会  同志社大学 ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』第16挿話に関するシンポジウムの講師として、本挿話におけるfactとficitonの不可分性を解説した。具体的には、本挿話と『ロビンソン・クルーソー』との関係、アイルランド史における捏造の問題を取り上げ、factの定義がいかに危ういものであるかを論証した。fact/ficitonの不可分性は『フィネガンズ・ウェイク』におけるfaction, fictという造語につながっていく。
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講演

著書名 単著、
共著の別
出版年月 発行所・発表雑誌等 概要
”James Joyce and His Notion of “void”” 単著 1999年 9月 アグネス・スコット大学にて金城学院大学派遣交換教員として講演 ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』及び、『フィネガンズ・ウェイク』における“void”という語の意味を明示し、ケルト文化との関連を解説した。
「ジョイスの拡がり―インターテクスト、絵画、歴史」 単著 2017年 9月 金城学院大学大学院英文学会第25回大会 金城学院大学 ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』、『フィネガンズ・ウェイク』のテクストについて、先行する他の文学作品のテクスト、アイルランドを中心とした歴史記述、印象派絵画やアイルランド絵画とどのように関係しているか、という問題について、説明した。
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学会ワークショップ報告

著書名 単著、
共著の別
出版年月 発行所・発表雑誌等 概要
「Finnegas Wake Workshop報告―夢見るヨーンと4人の親方(FW474.1-485.7)」 共著 2014年 6月 『Joycean Japan』(日本ジェイムズ・ジョイス協会)第25号 ジェイムズ・ジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』第3部第3章冒頭部分に関するワークショップの発表原稿の要旨をまとめたもの。テクストにおける聖パトリックへの言及とジョイスの歴史記述に関する問題意識の考察を担当した。3名の共著。
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書評

著書名 単著、
共著の別
出版年月 発行所・発表雑誌等 概要
責任編集 高山宏 『ユリイカ 総特集 150年目の「不思議の国のアリス」』 東京:青土社,2015年.422pp. 単著 2017年 1月 『中部英文学』(日本英文学会中部支部)第36号 『ユリイカ 総特集 150年目の「不思議の国のアリス」』 の書評である。本書に収録されている40余りのコンテンツを内容ごとに5つのカテゴリーに整理した上で、現代の「アリス」研究にとってとくに重要な論考の内容を簡潔にを紹介し、コメントを加えた。あわせて本書全体の特徴がわかるように配慮した。
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学会Proceedings

著書名 単著、
共著の別
出版年月 発行所・発表雑誌等 概要
レオポルド・ブルームの歴史学―『ユリシーズ』第16挿話における事実とフィクション 単著 2017年 9月 第89回大会Proceedings(日本英文学会) ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』第16挿話における歴史記述のありかたについて、事実と虚構(フィクション)の境界の曖昧さという観点から分析した。その上で、この挿話が歴史の捏造というアイルランド史に見られる一側面にも言及しながら、客観的な歴史記述の実現の困難さを示していることを説明した。主人公レオポルド・ブルームはあたかも一人の歴史家であるかのようにこの挿話で活動し、歴史記述の問題点を提示していくのである。
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