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フリガナナカガワ ミワ
ローマ字NAKAGAWA Miwa
氏名中川 美和
メールmiwanaka@kinjo-u.ac.jp
学位修士(文学) 
所属文学部 / 日本語日本文化学科
職名准教授
所属学会日本語学会 訓点語学会 日本言語学会 
専門分野言語学 文学   
研究課題定家かなづかいの受容と継承に関する研究 片仮名表記された中世和歌に関する書記研究  

学会及び社会における活動等

開始年月 活動内容 終了年月
2018年11月 講演「日本語音韻史と表記」(於浜松市立中央図書館、浜松市読書推進講演会)2018年11月3日 2018年11月迄
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受賞歴

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著書

著書名 単著、
共著の別
出版年月 発行所・発表雑誌等 概要
雑誌『太陽』による確立期現代語の研究—『太陽コーパス』研究論文集— 共著 2005年 3月 博文館 現代日本語の書き言葉が確立する20世紀初頭に最もよく読まれた総合雑誌『太陽』(博文館刊)を対象として、国立国語研究所が設計した日本語コーパス(大規模言語データベース)のうち、「太陽コーパス」を対象とした研究論文集。第二部3「文字表記」の「異体仮名について」の章を担当。雑誌『太陽』の創刊時の異体仮名を調査し、同時期である1900(明治33)年に施行された小学校令による字母統一(異体仮名廃止)に先駆けて、原則として一音節に一字体が対応する形式に統一されており、異体仮名の収斂がほぼ完結していたことを指摘した。同時に、数少ない異体仮名には、特定の語や筆者や記事に限定的に用いられている特徴のあることを指摘し、電子化テキストに反映されない言語事象についての考察を加えた。 pp.313-330(総390頁)
日本語史の新視点と現代日本語(小林賢次・小林千草編) 共著 2014年 3月 勉誠出版 「久松切和漢朗詠集の和歌部分の表記について」を執筆。漢字、平仮名、草仮名と三種の文字体系を一資料のなかで併用している久松切和漢朗詠集の仮名表記について考察した。久松切和漢朗詠集は、贅沢な料紙を用いた韻文資料で、書写年代は十二世紀はじめの書写、書写者は不明とされる。仮名字体はより漢字に近いくずしの字形、いわゆる「草仮名」が多くみられる。同じ音節を表す同字母に由来する異体仮名が複数ある場合もあり、その場合、片方が行頭および行末に偏る傾向にあること、隣接する同じ音節を表す仮名は重複を避ける傾向がみられることを指摘した。踊り字や改行のしかたなどから、本資料は十二世紀はじめという書写年代に共通の特徴を備えていると考えられ、当該資料にみられる「草仮名」は「回帰した草仮名」と位置づけられるとした。 pp.25-43(総640頁)
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学術論文

著書名 単著、
共著の別
出版年月 発行所・発表雑誌等 概要
雑誌三種の表紙における文字使用の変化 共著 1997年10月 『日本語科学』2号 1950年代から1994年までに発行された婦人雑誌および総合雑誌の表紙の文字使用の変化について調査分析をした。『主婦の友』『文芸春秋』『週刊朝日』を中心とした計八種(総冊数350)の雑誌の調査分析、全体の本文執筆を担当した。雑誌の表紙においては、1950年代は雑誌名、発行月など最小限の情報を掲載していたのが、1970年代に急激に文字数が増加する。その後、なだらかに増加し1994年時点で平均300字以上の総文字数の多い雑誌(『主婦の友』など)と、1970年代を境に減少傾向に転じ、総文字数が60字以下の雑誌(『週刊朝日』)に分かれる。『文芸春秋』は文字数が少ないままあまりかわらない。こうした表紙の文字使用と本文の文字使用および写真やイラストなど非言語的視覚情報との関係について考察した。中野洋と共著。pp.102--115
冷泉家時雨亭文庫蔵『範永朝臣集』(真観本)の表記について--宮内庁書陵部蔵本との比較を通して 単著 2009年 3月 『国文学論考』(45) 冷泉家蔵真観筆『範永朝臣集』の表記について、当該書を親本とする宮内庁書陵部蔵本との比較を通して調査分析・考察を行った。当該資料は藤原光俊(1203--1276)による書写本である。後に真観と号した光俊は、反御子左家の歌人でありながら、定家かなづかいを忠実に実行しており、その書記のありようは書陵部蔵本である霊元天皇本にも踏襲されている。定家仮名遣の権威づけが書陵部本の書写された江戸初期にはすでに確定していたことがうかがわれた。一方で真観本のム・モを表す「ん」字は踏襲されておらず、書陵部本の規範性の内実も明らかにした。 pp.48-61
言語研究の資料に含まれる「間違い」の扱い (特集 間違った日本語) 単著 2009年 7月 『日本語学』28(9) 古典文学における「誤記」「誤写」について、桂宮本『蜻蛉日記』(宮内庁書陵部蔵)を中心に考察した。当該資料は表記上の誤りが多い写本とされる一方で、元の本を厳密に書写した資料でもあるといわれている。この場合、原本の「間違い」(「誤記」)を忠実に写した可能性と、書写者が原本を読み誤って写した(「誤写」)可能性がある。〈書写はかならず本文を変化せしめる〉といわれるが、その契機となる、平仮名の形態の類似の問題について、モをあらわす〈ん〉が〈て〉と「誤写」された例をとりあげた。これらの例のほとんどが〈とて〉を〈とん〉と誤写したものであり、別に〈とん〉の連続のかたちも92例あることから鑑みて、語の記憶がその書記形態とともに行われるという表記のもつ表語性が背景にあるとした。 pp.28-36
冷泉家蔵承空書写『実方朝臣集』『行尊大僧正集』の表記について 単著 2012年 3月 『国文学論考』(48) カタカナ表記された中世和歌の資料のひとつである承空筆の韻文資料について、親本である平仮名本資経本と比較しながら表記について述べた。承空は鎌倉時代の浄土宗西山派の僧侶で、元応元(1319)年に79歳で没。和歌がカタカナ書きされることは当代にあっても特異なことだが、書写者が僧侶であるという背景に支えられたものであることを述べると同時に、同じ表音文字でありながら、公私、漢文と和文、といった文体や場面によっていわば「棲み分け」られてきたカタカナとひらがなが鎌倉時代に入り交差する様相を描き出し、平仮名本である資経本に比して、かなづかいのような規範的な意識がカタカナには引き継がれにくく、環境や条件を同じくしても、カタカナとひらがなには機能的な相違が残る様子が窺える旨を述べた。pp.85-101
「藤原為房妻書状」における〈無表記〉についての一考察 単著 2016年 3月 『金城日本語日本文化』92号 平安後期(11世紀後半)に書かれた藤原為房妻の書状38通を、表記の点から分析した。本稿でのべた〈無表記〉とは、活用語尾の「省略」表記のことを指す。通常、「はべめり」「はべなり」など、古文において「はべり」+「助動詞めり・なり」が接続する場合は、動詞ハベリの活用語尾が撥音便化し「はべンめり」「はべンなり」になるが、撥音ンが拍として独立していなかったことと、撥音の表記法が確立していなかったことにより、ンが〈無表記〉になったと解釈されている。本稿はこのような音環境による理由付けのほかに、活用語尾を送り仮名として表記しないという書記上の理由の可能性について考察した。 pp.1--10
天理図書館蔵『古今和歌集』のかなづかいについて―語頭の〈お―を〉のかなづかいを中心に 単著 2017年 3月 『金城日本語日本文化』93号 天理図書館蔵『古今和歌集』(貞永元年本)は、奥書に藤原光俊(真観)(1203(建仁3)年~1276(建治2)年)が宝治二(1248)年二月九日に、藤原定家(1162(応保2)年~1241(仁治2)年)筆『古今和歌集』を書写した旨を記し、定家かなづかいの受容史上重要な資料である。定家かなづかいは日本語で最初のかなづかいであり、現代日本語の正書法にも大きな影響を与えている。本稿では、反御子左家の歌人であった真観が、定家かなづかいをひとつの権威として無批判に受け入れた様相を、かなづかいの実態を通して解明し、表記の規則が初期の段階で強化された例として位置づけた。 pp.25-36
藤原為房妻書状における定型表現について—依頼表現と感謝表現を中心に 単著 2018年 3月 『金城日本語日本文化』94号 平安時代応徳年間を中心に書かれた38通の藤原為房妻書状を資料として、書状にみられる依頼表現と感謝表現の定型表現について分析を行った。手紙の受信人は息子を預けた先の延暦寺僧とされる。手紙の内容は、息子の病気平癒の祈りの依頼および感謝、阿闍梨斡旋に関するわびとことわりなど多岐にわたるが、本論では、感謝表現は「嬉し」「喜び(喜ぶ)」などの感情を表す表現に、依頼表現は「せ給へ」形式にほぼ固定されていることを指摘した。たとえば依頼表現の場合、相手の都合を慮ったり(「大変でしょうが」)、恐縮したり(「すみません」)などの表現がない点において現代日本語と大きく異なっている。これは、従来指摘された文学作品における中世日本語の配慮表現の特徴と合致するが、書状においては類型化がより顕著であることを述べた。pp.<1>--<14>
藤原為房妻書状における定型表現について(2)ー謝罪表現を中心に 単著 2019年 3月 『金城日本語日本文化』95号 藤原為房妻(1045〜1133)による書状(応徳年間 1084-86)について、謝罪表現に注目して分析を行った。平安時代の謝罪表現と、現代日本語の謝罪表現の違いとして、「すみません」「申し訳ありません」などの〈詫び〉にあたる形式が見あたらないという点が挙げられるが、為房妻書状においては、「心憂し」「本意なし」「嘆く」など、感情や評価を表す語によって発信人の残念な気持ちを伝えることが、その代わりとなっているのではないかと分析した。また、事情説明を詳細に行う方略が用いられている点は、現代日本語の〈断り〉表現と共通することを指摘した。pp.25-43
天理図書館蔵『古今和歌集』の表記についてー非語頭の〈いーひーゐ〉〈えーへーゑ〉のかなづかいを中心に 単著 2020年 3月 『金城日本語日本文化』96号 奥書に、藤原光俊(真観)(1203(建仁3)年~1276(建治2)年)が、藤原定家(1162(応保2)年~1241(仁治2)年)筆『古今和歌集』を書写した旨を記した(宝治二(1248)年二月)資料である天理図書館蔵『古今和歌集』について、非語頭の〈いーひーゐ〉〈えーへーゑ〉のかなづかいについて調査分析を行った。これらのかなづかいは、定家かなづかいの記された『下官集』においては「旧草子」に拠ったとあるのみで、後世のものにとっては基準が明確でない面をもつ。天理本古今和歌集にも、テクスト内での〈ゆれ〉がみられ、同じ系統の古今和歌集の写本と比較しても不一致例が目立つ。こうした実態と奥書の文言および、同資料の傍書をふまえて、真観の定家かなづかいに対する受容と継承について考察を加えた。pp.15-29
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学会発表

題目/演目名等 発表年月 発表学会名等 概要
冷泉家時雨亭文庫蔵『躬恒集』(建長四年本)の表記について 2014年12月 『国文学 言語と文芸』の会2014年度大会 藤原光俊(真観)書写の『躬恒集』(建長四年本)について、表記の面で調査分析を行った。反御子左家の真観の書写資料でありながら定家かなづかいを忠実に実行していること、和歌の二行書きなど定家の書写方式をとりいれていると解釈できること、また、親本を西本願寺本と仮定した場合、かなづかいのレベルおよび異体仮名のレベルで両者はほぼ対応していないことなどを述べた。
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講演

著書名 単著、
共著の別
出版年月 発行所・発表雑誌等 概要
かなに含まれるもの、含まれないもの 単著 2018年 9月 北京師範大学外国語言文学学院日文系 中国語題は“假名内外——浊音表记的变迁”。北京師範大学外国語言文学学院日文系(中国、北京市)での講演。なお、講演は日本語で行った。(9月10日)
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